【ドクダミ天ぷらはアップルパイの味】野食ハンターと、渋谷「を」食べる
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茸本朗
今日のご飯、野食にしない?
帰り道に考える。「今日のご飯、何にしようかな」──どこかで外食するか、お惣菜を買って帰るか、スーパーで食材をそろえて自炊するか……。そこにもうひとつ「採ってつくる」選択肢を加えてみるのはどうだろう。
今回は、真夏の渋谷に野食ハンターの茸本朗さんを召喚。渋谷の「食べられる部分」を探してハントに挑戦し、実際に調理してもらったところ、驚くほど豪華な野食メニューが誕生してしまった。当日のハント模様を振り返りながら、都市野食のコツや食べられる動植物の見つけ方、実際のレシピをご紹介。明日から始められる実践的・都市野食のススメとしてお届けします。
※植物の採取や昆虫採集が禁止されている場所は避けて行いましょう
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野食ハンター
茸本朗(たけもと・あきら)
野山に混じりて食材を採りつつ、日々の食卓に並べて暮らす「野食ハンター」。さまざまな食材に果敢にアタックする模様をブログやYouTubeで発信している。「自分でとったら自分で調理」がルールの家庭に育ち、小学生時代、キノコに興味を持ったことをきっかけに野食人生をスタート。「図鑑は読むもの」と語っており、この夏、日本文芸社から発刊された『野草・山菜・きのこ図鑑』に著者として携わった。座学と実践の繰り返しで「食べられるもの」の枠組みを拡張してきた茸本さんならではの実用性重視な内容は必見。
- YouTube:野食ハンター茸本朗(たけもとあきら)ch
- Twitter:@tetsuto_w
渋谷に降り立った野食ハンター
7月末、渋谷駅前で茸本さんと待ち合わせる。
足元はコンクリート、周囲はビル群。「こんな都会で、本当に野食が取れるのか?」とやや不安になるが、茸本さんの「大丈夫です」という力強い言葉を信じて、いざ出発。
のんべい横丁の線路脇は芋だらけ
ハチ公と一緒に記念写真を撮ったら、スクランブル交差点を抜け、レトロな飲み屋が密集する「のんべい横丁」へ。
早速、茸本さんが食べられる野草を発見。
写真には映っていないが、ヒナタイノコズチの実は服の繊維などにひっかかるので「ひっつき虫」と呼ばれる……と聞くと「あれか!」と通学路の記憶がよみがえるかも。最近スーパーフードとして注目が高まっている「アマランサス」は、このヒナタイノコヅチの仲間の種子なんだそう。
茸本さんが野草の「食べられる・食べられない」を判別するときにまず参考にするのが「同じ仲間が世界のどこかで食べられているかどうか」。たとえばヒナタイノコヅチは「ヒユ科」に属するが、ヒユ科の植物はジャマイカで食用にされている。ただ、「あくまでも『食べられる』であって、ヒユ科のなかではおいしくない方ですね」と茸本さん。そうか、「食べられない」・「食べられる」の間には無数の「食べられるけどおいしくない」が存在しているのか。
そして、「芋」仲間でさらに驚きのものが。
ざっと見ただけでも、10個以上が顔を出している。「在来種のヤマトイモに対して、このナガイモは中国から栽培のために輸入された栽培種です。テカりがあって輪郭が紫がかっているのが特徴。繁殖力が強いので、どこからかここに流れ着き、そのまま自生したのでしょう」。
この線路脇には、他にもツユクサやノビルなど、食べられる野草が豊富に自生している。
駐輪場のあるガード下はオオバコが狙い目
そのまま北へ進み、突き当たりを左に。道が線路下に潜って行き「中渋谷ガード」と呼ばれるガード下へ。
茸本さんが、とまっている自転車にズンズン近づいていったかと思うと、足元を指さす。
「オオバコは昔は薬として使われていたほど栄養豊富な野草です。今、種子の皮はダイエット食品の『サイリウムハスク』としても売られていますね」
オオバコは「人が通るところに生える植物」なのだそう。踏まれることで靴やタイヤにくっつき、タネが運ばれることで拡散していく。なるほど、駐輪場にたくさん生えているのもそういう理由なのか。
「中渋谷ガード」を抜けた先、茸本さんが再び足を止める。
「ノゲシやワイルドレタスの仲間だと思われます」と茸本さん。ノゲシは聞いたことがあるが、ワイルドレタスとはどんな植物なのか。
「ワイルドレタスはその名のとおり野生のレタスです。かなり苦いんですが、苦さの中に鎮静成分が含まれていて、アメリカ南北戦争でモルヒネの代わりに使われたというエピソードもあります」
ワイルドレタスとノゲシの違いは、葉を見るとわかりやすいそう。ワイルドレタスは葉が肉厚で裏側に細かい棘が生えているらしいが、今回は見当たらないのでノゲシに近いかも、と茸本さん。ワイルドレタスそのものは外来種で日本にはないと言われているが、ノゲシとの雑種なのか、非常に近い特徴をもった植物を東京や大阪で見かける機会が増えたと言う。雑草はこのような亜種・雑種が多く、はっきり種類の判別がつかないものが多い。
「ワイルドレタスでもノゲシでも、基本的にはどれも毒はなく、食べられます。でもこれを今、無理にとらなくても良いでしょう」
その理由を尋ねると「後で“上位互換”に出合えると思います」とのこと。気になりつつも、その場を離れる。
“道草”には、毒と食料が入り混じる
歩道沿いにも色々な草が生えている。
ここまで食べられる草を教えてもらいながら歩いてきたが、これらの“道草”のなかには食用に適さないもの、それどころか毒性をもつものも。
「特に危険なのは根っことタネです」と茸本さん。毒草は多くの場合、成長の根源になるような部位の毒性が強いそうで、ヨウシュヤマゴボウもその例にあてはまる。
こんなにカジュアルに生えているが、もし食べてしまうと、腹痛や嘔吐、下痢を引き起こし、痙攣を起こして死にいたることもあると言う。皮膚にも刺激作用があるため、遊んでいる子どもがうっかり触ってしまったら……と心配してしまった。
このヨウシュヤマゴボウは外来種。毒草として紹介したが、アメリカでは毒を抜いて食用にすることもあるらしい。
ここからはしばし、渋谷に自生する毒草シリーズ。
「ナス科」と言えば、ナス、ジャガイモ、トマトと、スーパーで普通に見かける野菜が思い浮かぶが、それらは改良して食べられるようになった、ナス科のなかでもイレギュラーな存在なんだそう。ナス科は「基本的には毒」、これは初耳だった。
ナス科の特徴は「花」にある。この日は季節外れで花が見つからなかったが、ナス科の植物はランプシェードのように少し下向きの五角形の花をつけるものが多い。※例外もあるので注意
「イヌホオズキに含まれる毒成分は、ジャガイモの芽にも含まれている『ソラニン』。このソラニンは水溶性のため、ゆでこぼして毒を抜けば食べられます。とはいえ、安全のためには避けるのが無難ですね」
カラスウリは都会でもよく見かける植物で、写真ではしぼんでしまっているが、レースのような花びらが特徴でひと目見ればそれとわかる。この花は「夜にしか咲かない」というのがちょっと幻想的。
「闇に白い花が映えて、仕事帰りなんかに見かけると気分が上がるんじゃ無いでしょうか。秋には実がつきますが、ククルビタシンという毒を持っていて強烈な苦味があります。とても食べられるものではないですね」
しかしカラスウリの実は昔、毒抜きして食べられていた歴史があるのだそう。茸本さんも自身の動画でトライしたことがあり、甘辛く煮て食べれば、苦味も気にならずお酒に合う味に。毒のある植物でも地域や時代によっては工夫次第で食べられてきたんだなあ。
引き続き毒草には注意しつつ、食べられる草を探していく。すると、街路樹の根元に非常になじみある草を発見。
「タンポポは野菜の代表格であるレタスと同じ仲間、つまりキク科です」
「レタスの仲間」と言うことはもしかして……
「そうです。これがさっきのワイルドレタスに似た野草の“上位互換”です」
タンポポのことだったとは。おいしいタンポポの見分け方は「葉が大きく柔らかく、ギザギザが少ないもの」。日本には在来種も外来種も混在するが、茸本さんの体感では、在来種の方がこの特徴に当てはまることが多いのだそう。ただし今回はハントを見送ることに。なぜなら、このロケーションは犬のおしっこがかかっている可能性が非常に高いからだ。
公園通りから神宮通りを北へ。再び山手線のガード下にやってきた。ここは撮り鉄スポットとしても人気の「宇田川ガード下」。
「生臭い匂いから、中国では魚腥草(ぎょせいそう)と呼ばれています。この匂いのせいで毒をため込んでいるだろうと言われて『ドクダミ』という名前が付けられたんですよ」
散々な言われようだが、じつはドクダミは「日本三大薬草」のひとつで、栄養価も高いそう。なんと東南アジアだと生で食べる地域もあるとか。
「僕はあまり好きでは無いので生食はしませんが、食べても害はありません。中国の雲南省や湖南省など、辛いものを食べる地域ではよく料理に使われます。酸味と甘味があるので、辛味と合うのでしょう。日本は中世になって唐辛子が入ってきたので、辛い料理がメジャーではなく、あまり料理には使われてきませんでしたね。薬草として、お茶にされたくらいじゃないでしょうか」
ノブドウかエビヅルかの判別は、実のつき方を見るのがいちばんわかりやすいそう。ノブドウは実が散らばっているのに対して、エビヅルはブドウのような房状の実を付ける。
エビヅルの葉を生でかじると、「ブドウの皮だけを食べた時の味」がする。これをおいしく食べるとしたら、どうするのが正解なんだろう。
「トルコなど中東の国では、ブドウの葉で米を包んで食べる『ドルマ』という料理があります。それを参考にチャレンジしてみると良いかも」
植え込みや道ばたをさらに観察していく。見慣れた植物の中には、食べられるものが意外と多い。
暑すぎるゆえか……セミハントに意外な苦戦
朝からスタートした野食ハントも中盤に。歩き回っているうちに日も高くなってきた。
日陰を求め、神宮通公園へ。
「そろそろ昼食にしましょう」と茸本さんが保冷バッグから取り出したのは……
「ハチと蜂の子のおにぎりです。去年捕って冷凍保存していた蜂の子を使って、味付けはバターと醤油と塩だけで仕上げています」
冷凍庫に蜂の子が常備されているところはさすが野食ハンター。蜂の子以外にも、この日の時点ではサル、ヒグマ、ハクビシン、アライグマなどが冷蔵庫に鎮座しているらしい。冷蔵庫の中身というより動物園のラインナップに近い。
ここまで植物をたくさん採取してきたが、食事にはタンパク質も必要だ。ハチにぎりを味わって元気を取り戻したところで、次は虫ハントに繰り出すことに。
「都市野食のタンパク源といえば虫。セミやバッタがオーソドックスですが、今回は季節感を意識してセミでいきましょう」
茸本さんによると「今年は猛暑のせいか、セミが全体的に少ない」。歩き回り、なんとか小さいニイニイゼミ2匹ととミンミンゼミ1匹を捕まえた。
見つけたが逃げられてしまった場面もあった。茸本さんいわく「朝方の方が動きがのっそりしているので捕まえやすいかも」とのことで、セミハントは起き抜けを狙うのがコツかもしれない。
それにしても、暑い。
緑が少ないところは特に過酷だ。夏の渋谷、餓死する心配は無くても、暑さに生命の危機を感じる
「セミが生きていけない環境が続けば、やがて人間だって生きていけなくなる」と茸本さん。野食をしていると、自然と環境の変化に敏感になると言い「在来種が雑種や外来種に置き換わっていったりするのも、気になる変化のひとつ」と語る。
「東京は緑化に力を入れている都市ですが、生態系が維持されるような緑化、たとえば、その地域に原生していた植物を育てるなど、地域に根ざした試みがもっと増えると良いなと思います」
東京で伝統的に栽培されていた「江戸野菜」と呼ばれる在来品種など、渋谷の土壌と相性が良い作物もたくさんある。「ビルひとつがまるごと『食べられる緑化』をされていたりしたらワクワクしますよね」と言う茸本さんの言葉に、未来の渋谷を想像する。
キャットストリートで「奇跡の団地」に出会う
さらに行きつ戻りつしながら野食を探す。キャットストリートに差しかかった時、カメラマンから「この近くに、ちょっと良さそうな場所があるんですよ」と提案が。
ここがその団地。かなり昔から建っていたと思われる外観で、フェンスの周りに草が生い茂っている。茸本さんも「これはすごいですねえ」と感嘆。
ざっと見ただけで、かなりたくさん食べられる植物がありそうだ。
「これはすごい!」とはしゃぐ一同。「ただ、私有地の可能性もあるので、ちょっと採取は難しいかも」と話していると、「野草探し?」と話しかける声が。
思わぬ出会い。ご厚意で中庭も案内していただけるとのことで付いていく。
この団地は昭和の終わり、1985年に建てられたもの。住民がかなり減ってしまい、中庭もほとんど手入れできていないとKさんは嘆く。先ほど見ていたような草も、草刈りが追いつかずあの状態になっているとか。
この中庭がすごかった。
「東京には『茗荷谷(みょうがだに)』という地名がありますが、それはミョウガがよくとれることから付けられたもの。渋谷も谷の地形で、ミョウガが育ちやすい土壌なんでしょう」と茸本さん。
「少しずつ整えようかと思っていたんだけど、ひとりではなかなかキツい」とKさん。茸本さんが食べられるものがたくさんあることを伝えると「全部刈ってしまおうかと思っていたけど、食べられるなら残しておくのも良いね」とうれしそうな顔をされていた。
調理開始!6品分の野食レシピをご紹介
気づけば夕方。調理のため、キッチンがある「Shibuya Sakura Stage」に向かう。
本日の収穫はこちら。あらためて、渋谷でこれだけの野食がとれることに驚く。
一品目:野草のギリシャ風サラダ
「生でも食べられる野草は、素材の味を楽しめるサラダにしましょう」ということで、オリーブオイルと塩で味付けしたシンプルサラダをまずは作っていくことに。ミツバ、シソ、ハゼラン、カタバミをゆでていく。
完成!「ギリシャ風」だが、おひたしのような安心感があるビジュアル。
「野草のギリシャ風サラダ」材料
- ・ミツバ
- ・シソ
- ・ハゼラン
- ・カタバミ
- ・塩
- ・オリーブオイル
二品目:エビヅルのドルマ
ブドウの葉に似たエビヅルの葉を使って、トルコなどで食べられている「ドルマ」に似た一品をつくっていく。ドルマの中身はひき肉などを混ぜ合わせることが多いらしいが、ここにお肉はないのでシンプルにお米だけ。(今回は調味料と油、お米のみ持参)茸本さんいわく「これが今回いちばん、どう出るかわからない。チャレンジ枠です」。
「ドルマはナッツを混ぜ込むことが多いので、お米だけでもなるべく歯応えと香ばしさを出すために強めに炒っておきます」
「ドルマの場合はさらにスパイスをいれてオリエンタルな風味をつけるのですが、今回はちょっと味付けを変えてみましょう」と茸本さん。エビヅルの葉は梅に近い風味があることから、和風な味が合うのでは?ということで「めんつゆ」を入れてみることに。
完成!ちょっと柿の葉寿司っぽい、と思ったら、実際、エビヅルの葉で寿司を包んだこともあるそう。包容力のある野草だ。
「エビヅルのドルマ」材料
- ・エビヅル
- ・米
- ・塩
- ・オリーブオイル
- ・めんつゆ
三品目:ミョウガとムカゴの塩炒め
今回の収穫のなかでも感動が大きかったミョウガとムカゴはシンプルな塩炒めに。中華料理にミョウガと枝豆の炒め物というのがあるらしく、今回は枝豆をムカゴに変えたオマージュメニューにトライ。
茸本さんいわく「ムカゴはどう転んでもおいしい食材」とのこと。安心感がある。
「中華料理の炒めものは『乳化』がポイント」ということで、食材の水分と油がよく混ざるよう、しっかり混ぜながら炒めるのがおいしさのカギ。
完成!香りが完全においしい中華炒めのそれ。
「ミョウガとムカゴの塩炒め」材料
- ・ムカゴ
- ・ミョウガ
- ・米油
- ・塩
四品目:野生長芋のとろろ
茸本さんも初めて見たという野生のナガイモはとろろに。
完成!色が明らかに普通のとろろとは違うが、味の方は果たして……。
五品目:野草天ぷら
「残りは揚げ物にしましょう!」と茸本さん。「天ぷらにしておけばだいたい間違いない。野草は調理に迷ったら天ぷらです」。
セイタカアワダチソウは春菊に近い味がするらしい。匂いも春菊の天ぷらとそっくりで、撮影中のカメラマンも 「蕎麦が食べたくなってきたな」とポツリ。
完成!
今回天ぷらにしたのは、ドクダミ、ユキノシタ、セイタカアワダチソウ、ツユクサ、オオバコの五種類。ドクダミは揚げている途中までカメムシのような匂いがしていたのに、揚げ上がりはクッキーのような匂いに変わっていたのが不思議だった。
「野草天ぷら」材料
- ・ドクダミ
- ・ユキノシタ
- ・セイタカアワダチソウ
- ・ツユクサ
- ・オオバコ
- ・薄力粉
- ・サラダ油
六品目:セミ揚げ
最後はセミ。こちらも天ぷらにしていく。
「素揚げは爆発するので、必ず衣をつけて揚げましょう」と茸本さん。ちなみに甲虫の場合は、揚げる前にいったんゆでないと、揚げたときにスカスカになってしまうらしい。
完成!
野草の天ぷらとあわせてお皿に盛ったら、全品の調理完了。
「セミ揚げ」材料
- ・ニイニイゼミ
- ・ミンミンゼミ
- ・薄力粉
- ・水
いざ実食。渋谷のお味はいかに
一日中、炎天下の渋谷を歩き回りおなかはペコペコ。
以下、茸本さんの食レポで「渋谷の味」をお届け。まずは天ぷらから。
肉厚な葉が特徴のユキノシタは「歯ごたえの良さとちょっと青い香りで、やっぱり天ぷらに向いているなと思いますね。後味にほろ苦さがあるのがすごく良い!」と、期待通りの仕上がり。
「本当に、春菊の香りと苦味をそれぞれ1.5倍にした感じですね。誇張した春菊です」
今回はサッと揚げたので苦味がしっかりと残っているが、かき揚げのようにまとめてしっかり揚げると、苦味が抜けてそれもまたおいしいらしい。「蕎麦と合わせれば完全に春菊蕎麦になりますよ」。
スタッフ一同の驚きが最も大きかったのがドクダミの天ぷら。
葉の酸味と甘味、揚げたことによる香ばしさが組み合わさって、なんとアップルパイのような風味を感じるのだ。茸本さん自身「苦手な食べ物はドクダミ」と言うほどそのままでは口に合わない野草らしいが、揚げるだけでこんなに変わるとは。「迷ったら天ぷら」の言葉の説得力が増した。
オオバコとツユクサはほぼスナックの味。オオバコはポテチ、ツユクサはとんがりコーンに近いサクサク感と癖のなさで、どちらかというと衣の味をメインに感じる。これは子どもから大人まで、おいしいと思える味だ。
お次はいよいよ、セミの天ぷら。
「セミの天ぷらはしょっちゅう食べますが、天つゆにつけて食べるのは初めてですね」と茸本さん。ミンミンゼミをひと口食べて「うん、枝豆っぽい!」とコメント。
枝豆っぽさは腹に詰まっている身がもたらすものだそうで、臓器の数が多いメスの方が「枝豆味」は強くなると言う。「竹の汁だけを吸うタケオオツクツクなど、一部の種を除けば、セミは種による味の違いはほとんどありません。オス・メスによる違いがいちばん大きいですね」と茸本さん。
ちなみに、他の虫の味を評価する時も植物にたとえるのが茸本さん流。青臭さと甘味の度合いによって「葉っぱ系・枝豆系・ジャガイモ系・コーン系」に分けられるとか。前者ほど青臭さが強く、後者になるほど青臭さが抜けて甘味が強くなる。甘味の強い「コーン系」の最高峰は「カミキリムシの幼虫」。茸本さんが味わってきた虫の中でも屈指のおいしさだったそう。気になる……。
ニイニイゼミはその小ささから、あまり「枝豆味」は感じず。スナックっぽい味と食感だった。
ビジュアルはかなりいい感じ、と思いきや、「あっ、ミツバとシソが悪さをしてますね……」と茸本さん。言われてみれば、噛みしめるなかで時折、原っぱを感じる香りが鼻に抜けていく。「薬味系はアクセントになっていい仕事をするんじゃないかと期待したんですが、悪い方にはたらいてしまった」と分析。いつでも計算通りにいくわけではないのだ。とは言え、食べられない味ではまったくない。ハゼランのねばりも相まって、いわゆる「健康に良さそうな味」という感じ。
次は、今回の“チャレンジ枠”である「エビヅルのドルマ」。
「うん、まず、ご飯がおいしい(笑)」と茸本さん。エビヅルの葉との相性は「葉っぱがちょっと成長しすぎていましたね。繊維の硬さがやや気になる」。ただ葉の酸味とめんつゆの相性は上品にまとまっていて、再トライの余地を感じる手応えだった。
「ミョウガと枝豆の炒め物」をオマージュした「ミョウガとムカゴの塩炒め」は「本場の人にそのまま食べさせても喜ぶ味ですよ」と思った通りの大成功。ムカゴはホクホク、ミョウガはシャキシャキ。塩と油だけなのに、ムカゴとミョウガ、それぞれタイプの違う旨味が相乗効果を発揮して、爽やかなのにコクのある味わいになっている。「ミョウガは野菜の中でも特に旨味が強いので、お米と一緒に炊けば塩だけでおいしい炊き込みご飯になりますよ」と茸本さん。帰ったら、早速試してみよう。
最後は、線路脇の長芋からつくった「とろろ」。なんだか見たことのない色になっているが、ご飯にかけて食べてみる。
アクの強さを心配していたが「余裕で食べられます!」と茸本さん。口に運んでみると……確かに、野性味あるとろろという感じ。線路脇に生えていたとは思えないおいしさだ。変色は「ジオスチン」と呼ばれる成分によるもの。血行をよくするはたらきもあり「長芋を食べると精がつく」と言われるゆえんでもあるとか。たくさん食べたら、ものすごく元気になってしまいそう。
渋谷の地面は美味かった
今回、調理のために渋谷駅前にオープンした「Shibuya Sakura Stage」の4F「404 NOT FOUND」のキッチンスペースを利用した。撮影日は開業準備のために多くのスタッフさんが行き交っていたが、おいしそうな匂いにひかれてつまみ食いをしにくる人も。たくさんあった野食料理もあっという間に完食。渋谷の地面は大満足の味だった。
「とって食べる」って、意外と都会でもできるんだ、と思う。それと同時に、植物を観察したりセミを探し回ったりして考えたのは「5年後、10年後はどうなっているだろう」ということ。植物も虫も、人間と無関係に生きているのではなく、また、人間が完全にコントロールできるものでもない。人間と他の生き物が作りあう“都市の隙間”に生息する命に思いをはせながら帰路に着いた。
後日、近所のセイタカアワダチソウとタンポポをとって自宅で調理してみた。
セイタカアワダチソウは再び天ぷらに。タンポポは「野草料理のコツはとにかく油に頼ること」という茸本さんの教えに沿って、塩と多めのオリーブオイルでサラダにしてみた。しっかり水にさらしたおかげで苦味も気にならないし、オリーブオイルのおかげか、高級感すら感じる味。野食、もっと食卓のスタンダードになっても良いのでは。