1日1,000円で渋谷を遊ぶ
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スズキナオ
お金がないと、渋谷はつまらない?
「渋谷はもはや、若者の街ではない」。そう言われるようになって、もうどれくらい経っただろう。1970年代、渋谷PARCO開業を起爆剤にしてはじまった流行の発信地・渋谷の快進撃は、2010年代になると様相を変え、ここ数年は、オフィスエリアとしての存在感を急速に強めている。
「若者の街」ではなくなってくれば、そこで消費される物や文化もおのずと変わるもの。たしかに、かつてと比べれば、今の渋谷は若者のお財布感覚にそぐわない街なのかもしれない。
そこで“悪あがき”してみたのが今回の1,000円企画。「お金はない、しかし時間はある!」。そんな状態で渋谷に放り出されたのは、作家・ライターのスズキナオさん。「1,000円だけ持って、渋谷で一日過ごしてください」。無理難題なミッションですみません……と思いきや、スズキさんのお返事は「けっこう、自信があるかもしれません」。1,000円札を握りしめ、颯爽と渋谷の街に繰り出したスズキさん。はたして、その結果は──。
※掲載情報は、取材時(2024年5月)のものです。現在とは状況が異なる場合があります。
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作家・ライター
スズキナオ
東京出身、大阪在住のフリーライター。酒場めぐりと平日昼間の散歩が趣味。酒場ライターのパリッコさんとともにチェアリングユニット「酒の穴」としても活動中。著作に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)『“よむ”お酒』(イースト・プレス)など。自己紹介で「1,000円以内で楽しめることはだいたい好き」と話したために、本企画に抜擢されてしまった。
INDEX
あの頃、金欠状態で渋谷を歩くのが日常だった
まず、少しだけ自分の話をさせていただきたい。私は現在、大阪に住んでライターの仕事をしているのだが、出身地は東京で、10年ほど前までは池袋近辺で暮らしていた。
20代から30代中頃まで、渋谷にオフィスを構えるIT企業に社員として勤めていて、当然のことだが、平日はだいたいいつも渋谷にいた。仕事が全然できないダメ社員だったこともあってか、生活のために必要な費用あれこれを差し引いて手元に残る額はそれほど多くなく、「普通に働いているのになぜ?」と不思議に思うほどにいつもお金がなかった。
それでも仕事のストレスだけは日々蓄積していくもので、退勤時間になって会社を出たらパーッとどこかでお酒を飲んでうさを晴らしたいのだ。だが、居酒屋にいつも飲みにいけるほどの余裕はない。それでどうするかというと、コンビニで買った発泡酒を片手に、とにかく渋谷の街を歩き回るのだった。幸い、当時、私同様お金に余裕のない同僚がいて、いつも二人で仕事の愚痴を言い合ったりしながら、あちこちを歩いた。
そんなことを繰り返していると、隙間なく建物がひしめく大都市に見える渋谷にも、ちょっと腰をおろせるスペースがあったり、お金を使わずに過ごせる場所があったりすることが徐々にわかってきた。お金がなかったおかげで、渋谷に点在するフリースペースについてかなり詳しくなった気がする。
と、そんな私なので、今回の「1,000円しか使えないという条件でどれだけ渋谷を満喫できるか」という企画に対しては、ある程度の自信があった。なんせ、10年前まではまさにそんな縛りの中で過ごしていたのである。その一方、ここ10年の、大規模な再開発によって目まぐるしく変貌した渋谷を少しは知っていたので、自分がよく歩いていた頃とは全然違うかも……と、そんな不安もあった。まあ、とにかくやってみなければわからない。
まずは「しぶちか」へ。時の流れを噛み締める
スクランブル交差点は今日も賑わっている。ここ最近の国内各地の観光スポットと同様、渋谷も海外からの観光客の姿がとても多く見受けられる。
思い出したことがあり、東京メトロ半蔵門線や副都心線の乗り場へと続く階段を下りてみる。
「しぶちか」から109方面へと延びる「渋谷ちかみち」という名の通路沿いに「ちかみちラウンジ」という無料の休憩スペースができたと聞いたことがあるのだ。まだ歩き出したばかりなので今すぐ休憩したいわけではないが、そういう場所があるのならこの後のために覚えておきたい。しかし、行ってみるとそのスペースは臨時休業中とのことで閉鎖されていた。残念。
そのはす向かいにある「渋谷ちかみち総合インフォメーション」は営業している模様。
あらためて「しぶちか」へと戻ると、「SHIBUYA TERMINAL PHOTO STORY」という、渋谷駅周辺の1940年代以降の変化を写真で振り返ることのできる無料のスペースを発見。
もうひとつ、思い出したことがある。たしか「SHIBUYA109」の2階部分に、ベンチの設置された休憩スペースがあった気がする。会社員時代、そこで一休みしたことがあったはず。
しかし、行ってみると、広場はあるもののベンチの数はかなり少なくなっていた。うーむ、私が歩いていた頃より、無料でだらだら過ごせる余地がだいぶ無くなっているのかもしれない。
仕方なく、1階部分に設置された安室奈美恵の手形(引退に際し、本人のゆかりの地として2019年に設置されたものだという)を眺める。
スクランブル交差点が一大観光名所になっていた
JR渋谷駅西口付近は今まさに大規模な工事の最中で、かつてよくモヤイ像あたりの植え込みに腰かけたりしていたが、そのモヤイ像のある場所も含め、敷地が大きくフェンスで覆われていた。
JRと京王井の頭線を結ぶ通路に向かう歩道橋から工事フェンスの向こう側が見えた。
JRと井の頭線の間の通路と言えば、岡本太郎が手掛けた壁画『明日の神話』が展示されていることでも有名である。
この通路、行き交う人は多いが敷地自体にゆとりがあるため、思い思いの過ごし方をしている人も多くいるようだ。ベンチこそないが、ここは案外ぼんやりと佇める場所かもしれない
北側に面した大きな窓からはスクランブル交差点の様子を高い位置から見下ろすことができる。多方向からやってくる人々が衝突することなく平然と歩いていく様は海外の人々にとって新鮮に映るようで、スマートフォンで動画を撮影している人がたくさんいた。
東急プラザ屋上で、座るのは有料でも絶景は無料!
再び地上へと降り、南側へ歩いてすぐの場所に立つ複合商業ビル「東急プラザ渋谷」に入ってみることにした。
2019年11月に開業した施設なので、私にはほとんど馴染みがないのだが、ここの屋上に「SHIBU NIWA」という、無料で入場できるスペースがあるのだけは知っていたのだ。
エレベーターに乗って17階を目指す。たどり着いてみてわかったのだが、なるほどたしかに無料で入れるスペースではあるものの、大部分がカフェ・レストランスペースになっていて「一般通行可能エリア」は敷地の限られた部分だけのようだった。
それでも通行可能エリアの端からは渋谷の街を眼下に見晴らすことができ、開放感を味わうことができた。渋谷駅の北側に長く伸びる宮下公園や、その左奥に広がる代々木公園の緑も見える。
道玄坂を歩き、320円のもりそばに救われる
「SHIBU NIWA」からの眺めは素晴らしかったが、無料で腰をおろしてゆっくりできるようなスペースではないようだった。どこかそういった場所は無いものか……。そう思いつつ目指したのは渋谷駅の南側、玉川通りを渡った先の「セルリアンタワー」だ。
「セルリアンタワー東急ホテル」やオフィスの入った地上41階建ての高層ビルで、その中には(おそらく)無料で過ごせるような場所はないのだが、そのタワーのふもとに小さな公園があったはず。会社員時代、かなり頻繁にそこのお世話になった記憶がある。
行ってみると、その公園はまだあった。「渋谷区立桜丘公園」という名で、かなり小さなスペースなのだが、ベンチがいくつか設置されていて、ようやく腰を下ろすことができた。
商業施設が建って賑やかになるのも結構なことだが、みんなもっとこういう場所が増えることも望んでいるんだろうなと、それを見て思う。
私もこのベンチで昼食を取ろうかと一瞬考えたのだが、ここはひとつ、意地でも安いお店を見つけて入りたい。
会社員時代の私はコンビニの弁当やカップ麺に頼ることが多かったが、たまには外食もしていた。その頃よく行っていた豚骨ラーメンの「博多天神」の店頭を覗いてみると、最もシンプルなラーメンは替玉一回無料で600円(かつては500円だった)、移り変わりの激しい渋谷にあって昔ながらの雰囲気を残す店「ラーメン王 後楽本舗」の一番安いメニューである「正油ラーメン」も600円。所持金1,000円の中でやりくりしようと思うと厳しいものがある。
もちろん、この時代にこの価格でやってくれていることはありがたいのだが、なにせこちらには余裕がない(勝手にルールを設けているだけですが)。
蕎麦屋の「かけそば」とか「もりそば」を食べるのはどうだろうと思った。あれなら安いのでは。と、行き当たりばったりに探し回ってみる。その結果、「吉そば」の「かけそば」が380円、「富士そば」は「かけそば」も「もりそば」も420円、「十割蕎麦 嵯峨谷」の「もりそば」が400円と、どこももちろん安いものの、やはりそれぐらいはするようだ。
しかし、「たしかあの辺りにも蕎麦屋さんがあったはず」と、再び井の頭線渋谷駅近くまで戻ってくると、会社員時代にもお世話になった「信州屋」という店が目の前に現れ、外に置かれたメニューによれば、「もりそば」がなんと320円じゃないか!
座り席も立ち食いスペースも含めてほぼ満席の店内で、蕎麦をすする。蕎麦の量は予想以上にたっぷりあり、東京らしい醤油の濃い風味を感じるつゆも美味しく。ありがたい気持ちでいただく。
ちなみに、後で気づいたことだが、桜丘町近辺にある「中華食堂 一番館」の「かけらぁ麺」は税込みで300円という価格だった。その手もあったな。
ここからはゆったりと過ごせる場所をいくつか探し、コーヒーでも飲んで休憩し、最後はお酒を飲んで帰りたい……と考えてみれば、やりたいことはまだまだたくさんある。
渋谷公園通りギャラリーの展示が充実しすぎ
先ほど見上げたセルリアンタワーの近くには「渋谷区文化総合センター 大和田」という公共施設があり、たまに入場無料の展示イベントが開催されている。
ちなみにこの施設の12階には「コスモプラネタリウム渋谷」というプラネタリウムがあって、平日でもいくつかのプログラムが上映されている。それを眺めてぼーっとできたら最高なのだが、入場料は大人600円。今日は難しいな。
ただ、渋谷駅前にかつて存在した「東急文化会館」のプラネタリウムで活躍していた投影機が2階に今も保存されていて、それを眺めることができた。
また、敷地内には腰をおろせるベンチなども多く、公共施設なので建物内のトイレを借りることができるし、疲れた時にここで一休みするのはかなりいいなと思った。
プラネタリウムに行けなかった悔しさから「何か文化的なものに触れたい」という思いを引きずっていた私は、北へ北へと歩くことにした。
かつての東急百貨店の屋上は無料で入れる広いスペースになっていて、そこへもよく同僚と昼休みに足を運んだことを懐かしく思い出す。2027年には、同じ場所に高層の複合施設ができるらしく、また見違えるように新しい景色が生まれていくのだろう。
学生時代によくレコードを買いに来た「シスコ坂」と呼ばれる一角(「シスコ」というレコードショップがこの辺りにあったのだ)を通り、さらに東へ歩いて公園通りまでやってきた。
通り沿いには「東京都渋谷公園通りギャラリー」というアートスペースがある。
取材当日は『共棲の間合 ―「確かさ」と共に生きるにはー』と題された展示イベントが開催されていて、人や自然と共に生きながら、そのあり方の可能性を探っている作家たちの作品が展示されていた。
このような展示イベントが年に数回開催されていて、無料で観られるという豊かさ。これからは渋谷に来るたびにここを訪れてみよう、と思う。
PARCOから、富士山を借景にビル群を望む
先ほどの展示で見た代々木公園の落ち葉に引っ張られるようにして、せっかくだから公園へも寄ってみることに。
公園から再び渋谷の中心地へと引き返す途中、「渋谷PARCO」の建物の上階に木々が茂っているのが見えた。
建物に近づいてみると10階に「ルーフトップパーク」というスペースがあるようで、さっき見えたのはきっとそこだろう。行ってみることにする。
それほど広い敷地ではないが、のんびりと過ごせそうな場所もある。天気のいい日には富士山が見えるようで、私もその姿を(ぼんやりとだが)目に収めることができた。
奥渋を抜け、西郷山公園で食べるIKEA飯は憩いの味
引き続き歩く。東急百貨店跡地から代々木公園方面へと向かう通りは「奥渋」と呼ばれていて、中心地に比べて比較的静かな街並みに雑貨店やカフェなどが軒を連ねている。私はその「奥渋」エリアにある「SPBS本店」という書店の品揃えが好きで、たまに覗きに行く。
棚に並んだ新刊をチェックし、店頭で開催されていたイラストレーター・中山信一さんの原画展(※)を眺め、よし、これで文化的な欲求もだいぶ満たされた。
※現在は会期終了しています。
ふと気づくと、めちゃくちゃに喉が渇いている。どこかでコーヒーでも買って、何か軽食でもつまみたいな……と思って歩いているところに「IKEA渋谷」の建物が見えてきた。
IKEAのフードメニューと言えば、リーズナブルな価格で有名だ。店内のメニューを見てみると、ホットコーヒーが100円、ホットドッグが100円、ベジドッグが80円、ソフトクリームが50円、とこれは大変助かる。
イートインスペースでの飲食が推奨されてはいるが、自己責任の範囲でテイクアウトすることもできるそうで、100円のホットコーヒーと、そのおともに80円のベジドッグをいただくことにする。
で、ここからは完全に私の酔狂というか、やり過ぎたなと後で感じたのだが、IKEAで買ったコーヒーとベジドッグを片手に、そこから南西へ20分ほど歩いた位置にある「西郷山公園」を目指したのだった。
コーヒーをテイクアウトして歩くには少し遠すぎるなとは思っていたのだが、私は会社員時代からその西郷山公園が好きで、そこへもよく歩いていたのだ。高台にある公園で、自然も豊かで素晴らしく居心地がいい。
20分以上も歩いたものだから温かかったはずのコーヒーはすっかり冷めてしまったが、それでも、高台からの風景を眺めながら飲むと気分がよかった。
ベンチに腰掛け、こんな時間のためにとリュックの中に一冊入れてきた『ひまのつぶしかた』という本を手に取る。
よし、これで今後の方針を決めよう、と適当なページを開くと、なんと「ひまつぶしの方法を100考える」とあった。
楽園は神泉にあり。コンビニ系立ち飲み処「みさわ」で乾杯
目指したのは、神泉駅からもほど近い位置にある「みさわ」という店だ。
この「みさわ」は、もともとチェーンのコンビニだったのが、紆余曲折あって独立経営となった店である。コンビニのような品揃えの店内でお酒が飲めて、さらには立ち食いそばや自家製のおつまみまでいただけるという奇跡のようなスポットなのだ。
冷えたチューハイが喉に流れ込み、そのうまさに涙が出そうになる。ソースをかけていただくハムカツもいいアテになる。隣で飲んでいたご常連はこの店から徒歩数分の場所に住んでいるそうなのだが、「渋谷駅の方はたまにしか行かない。混むからねぇ」とおっしゃっていた。渋谷エリアの中にもその場所ごとに地域性があるんだなと、今回歩いてつくづく感じたことである。
「1,000円しか使えないの!?それは大変だ。でもこの店があってくれてよかったね」とその方が言っていた通り、この店だからこそ、もう一杯おかわりすることもできる。「クリアアサヒ」を一缶追加して、しっかりほろ酔い気分になることができた。残り20円。
残金20円でフィニッシュ。渋谷の夕焼けは誰にも平等に美しい
清々しい気分で外に出てみると夕焼け空が綺麗だった。高いところからもう一度渋谷を眺めてから帰ろうと、駅の方へと急ぐ。
渋谷駅に直結する複合商業ビル「渋谷ヒカリエ」までたどり着き、エレベーターに乗って上階へ。11階の「スカイロビー」はベンチも設置された広々としたスペースになっていて、一休みしていける上に眺望もきく。
すごく充実した時間だったし、自分が働いていた頃からここ10年の渋谷の変化を肌で感じることができた気もした。そして同時にこうも思った。「せめて2,000円あったらもっと色々できたのにな!」と。